シングルマザー、不登校について考える

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3月。節目の時です。

進級だったり進学だったり就職だったり、新しい出会いに向かって準備する今の時期。

新しい場所に向かうのは勇気もいることです。それでも一歩踏み出してほしい。子どもたちには。

長女は新しい場所で新しい学び。自分が興味があることに取り組み、新しい友達との出会い。こちらはそれなりにはがんばってくれるんじゃないだろうかと少しだけ期待しています。

二女はたいして変わり映えのないメンバーで新しいスタート。たとえば部活でも、自分ががんばりたいと思えるものを見つけることができれば気持ちも新たに登校できるかもしれない。・・・が、こちらは少々難しいかもなと思っています。

長女は壮絶な不登校を経て、一歩踏み出そうとしているように見える。

二女はまだまだ一歩は重たそうに見える。

わたしは学校には行ってほしいという気持ちがずっとあった。あったんだけど・・・少し心境に変化がありました。

不登校って響きが悪いけど、学校に行かないという選択をすることが今の彼女たちには必要だったのかもしれない。そう、逃げではなく選択。

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言葉の選び方の違いという気もしないでもないが、きっとこれは屁理屈とは違う

・・・と思う。

そもそも逃げることが必要なときだってある。・・・たぶん。

わたしだっていろいろなことから立ち直るのに2年くらいはかかってる。

いや、まだ立ち直ってないかもしれない。ひとりで散々向き合ってそれでも克服しきれてないのに、ある意味急に環境が変わった彼女たちがそんなにすんなり環境の変化に順応できるわけがないんだ。それが不登校という形であらわれたんじゃなかろうか。

そもそも私が彼女たちの心のケアをしっかり完璧にできていなかったと思う。わたしだっていっぱいいっぱいだったし、正直言うと子供たちにはずいぶんとある種過大な期待をしていたと思う。それは、

自分のことは自分でする。自分は自分で頑張る。

私自身が自分で考えてなんでもかんでもしてしまうから、みんなそれができると思ってしまってた。寂しかっただろうし、甘えたかっただろう。だけど、母はある意味スパルタだった。ごめんよ、子どもたち。

子どもたちのことを一番に考えて、子どもたちを何よりも優先しなきゃいけなかった。そう思う。

今は子どもたち一番。ほかのものがあって最後が自分。それでやってます。べつに一生それでやっていく気はまったくなく、とりあえずあと3年くらいはそのスタンスでやってみて、子どもたちが精神的に自立してきたら様子を見ながら自分の順位を上げていこうと思います(笑)

いろんな選択にはきっと意味があるし、意味のない選択なないはずだと思いたい

ときには目を背けることが必要な時もある。忘れることは人間の一番すばらしい能力だ。だって忘れることで自分を守ってる。なにもかも鮮明に覚えてたら、きっとみんな発狂してしまう(笑)

本当にいろいろなことがあったけど、記憶がだんだん薄れて行ってだからって何もかも許せるわけじゃないけどどす黒い気持ちが薄れていくから人間は生きていける。たぶん。

とりあえず学校というものが今はないので、我が家は平和です。だれも暴れたりしないし、モノを投げたりもしない。気持ちが安定していればふたりともとても良い子です。

4月がくるのが怖い気持ちもなくはないけど、仮に学校に行けなかったとしても

今はそういう時期なのかな

そういう風に考えようと思います。でも、次女だけ。長女はひととおり不登校もしたので、そろそろどういう方向であれ前進することも必要です。まぁどうしても学校に行けなかったら、バイトでもさせますかね。ニートは許しません!(こう言えるようになっただけ前進しています(笑))
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