やっぱりうつで苦しくても一人で実家に帰ってはいけなかった

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2年前わたしは精神に限界を迎え心療内科のドアをたたきました。

そりゃもうしんどかったです。でもわたしは子どもたちをおいて一人で実家に静養しに帰ろうなどとは思っていませんでした。

しかし、わたしの精神状態はかなり悪く・・・台所ですみっこのいすに座って何も言わずに涙だけ流しているような状態でした。オーラは真っ黒か真紫だったでしょう。どす黒い紫かな?

そんなわたしを見かねたのか姑がいいました。

実家に帰って少しゆっくりしてきたら?

その時のことはハッキリ覚えているのですが、涙を流しながら姑のことをにらみつけたのを覚えています。ずっと姑を捨てることはできないんだからと自分で自分を追い込んでなるべく何事も穏便にすませようと過ごしてきたわたしがメンヘラになって姑に牙をむきました。食事もまともに取れなかったわたしは

ご飯食べないと・・・

と言われても

いらんわ!!!!

とブチぎれていました。ちなみに夫は自分のことでいっぱいいっぱいで嫁がそこまでおかしくなっても心配することはありませんでした。

姑の

あんたから子どもを取り上げようなんて思ってないから・・・

という言葉と長女の帰ったらいいということばでわたしは実家に戻ることにしました。一人だけ。

これがとんでもない失敗だったようです。

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あの時はどうしようもなかったけど、でもうつでもひとりで帰ってはいけなかった。こどもも連れていくべきだった

学校もあるし、こどもたちは姑と夫がいる家に残りました。

長女にはあの時はもうお母さんは帰ってこないと思ったと言われました。

二女には今になって

子どもを平気で置いていくくせに!

と言われました。

学校のこともあるし、長女は部活もがんばっていたし二女だってわたしの都合で何日も休ませるわけにはいかないと思いました。正直言うと私自身、自分のことでいっぱいいっぱいでした。それでも静養しに帰ってはいけなかったなぁと。二女の今の荒れ具合は、寂しさの裏返しです。

死ねとも言われました。二人ともに言われたのでコンプリートですね。どっか行けもコンプリート。二人しかいないからコンプ率高い。

ちゃんと育てられないなら産むな!はこたえましたね。

おいて行かれたときからお父さんよりママが嫌い!と。いや、これは嘘だろ(笑)と思いましたが。

まぁこのときも一週間で帰ったんですが家に戻ったらまるで完治したかのような扱いでした。風邪じゃあるまいし、そんな簡単に治るかよと思っていましたがうつは実際に自分がならないとわからないですね。家に帰っても私の状態が目に見えて良くなったとかいうことはなかったと思います。そしてそのうち別の病気になりました。

そのときのことを書いています。

朝ごはんの効果はあって、ふたりともなんとか朝起きるようにはなってきました。 しかし、次女は朝の小学校の先生からの電話には自分で行けるか...

強烈なマイナスの印象だけが残り、今二女を苦しめている

わたしは自分のことばっかり責めてるけど、わたしをそんな状態にしたのは元夫と姑です。長い時間をかけて精神をむしばんでいき、最後にとどめをさされました。

でもそんなことこどもたちにとっては関係のないことです。子どもたちからしてみたら一家団欒を与えれなかった両親はどちらも悪者だし、姑だって大切なおばあちゃんです。

いっそ最初から二世帯住宅なら少しはちがったかもしれないけどそんな財力なかったし、きっと姑は完全な二世帯住宅なんか認めなかっただろう。一円も出さないのに。

なんにせよ、いま現在というものは私自身が積み上げてきた選択の結果なのであってやっぱりわたしは自分を責めて攻撃してしまいます。損な性分だなぁ。

今日も朝から二女の荒れ狂いぶりが激しく、外のお仕事は結局休みました。ほんとにはやいとこ独立しなきゃいけないな・・・。

それでも先生が短い時間でも休み時間を活用して家庭訪問してくださったときは多少落ち着いていました。先生には

ワーってなっちゃった。とかこんなことが不安とかポツリポツリと話す二女。

先生が優しく聞くってのもあるんでしょうけどわたしにはあんなふうには答えてくれません。ちょっと悲しい・・・かな。

家にいるので家で仕事を今日はがんばります。
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